30年ぶり位のケアンズに10日間行って来ました。
こんなに早くお別れの日が来るなんてね、信じられ無さすぎて悲しすぎて現実を受け入れられない私。だって、亡くなる3日前にも5日前にも普通に電話で話して11月に一緒に旅行行く予定立ててそのホテルとかの話ししてて、入院して11月に帰って来れなさそうって話したのが5日前でその後にも色んな話しやラインをしてて、それなのにそれなのになんで??どうして?で、従姉妹の娘からの電話で亡くなったと言われ信じられなさすぎて混乱と絶望感で堪らなかった。
しっかりお別れする為に渡豪決めたけど、お葬式に出てもまだ実感ないけれど、それでも20年オーストラリアに住んで友達が100人以上出来。起業もして夢叶えてる従姉妹、貴方は偉大です。沢山のお友達が従姉妹との思い出を教えてくれて本当にありがたいです。誇らしかったよ。
ここのビーチも一緒にきたかったよ。
沢山一緒に笑って話して回りたかったよ。
どの場所を訪れても一緒にいない現実を全く受け入れられなかったよ。
せっちゃんとは、3歳違いの母方の従姉妹です
母の上の姉の子なので、家は駅前に住んでいて、私が住んでる家の前にバス停があり幼稚園の頃から1人バスに乗せてもらって行き来してました。
春休み夏休み冬休み必ず泊まりに行ってました。
お盆もお正月も祖母の家で一緒に過ごしてました。
従姉妹が中学生の頃までそうしていて、高校卒業して隣県に就職して寮に入ってからも遊びに行ったら泊まりに行ったら、その頃から恋愛話したりと本当に仲の良い姉妹とも違う親友みたいな関係でした。
結婚して子ども産んでからは、子育ての話したりオーストラリアに渡ってからは、本当に密にメールしあってLINEが出来てからは更に更に密になりました。
テレビ電話したり写真や動画を送りあって叔母の写真とか新しくお店出来たよーとか送ってました。
余りにも色んな話をしてきて、喪失感しかないです。
悲しくて寂しくて堪らないよ。会いたいや。話したいよ。ライン打ちそうなって悲しくなるよ。
また、会う日まで待っててね。せっちゃん。